M.glitter Journal
お腹の赤ちゃんと家族の未来を祈って|妊娠・出産で感じた信心
信心体験記 Vol.4
前回のVol.3では、親元を離れてからの信心や、仕事で悩んでいた頃に経験した信心体験についてお話ししました。
その後、私は別の仕事に就きましたが、しばらくして妊娠が判明。
ここから、私の人生はまた大きく変わっていくことになります。
今回は、妊娠中の不安や夫の転職、そしてコロナ禍での出産を通して感じた信心について書いてみたいと思います。
妊娠前にわかった、思いがけない病気
実は、妊娠する前に、もう一つ大きな出来事がありました。
それは、バセドウ病が見つかったことです。
当時、私はカンジダを繰り返していて、婦人科に通っていました。
そんな私の体調を心配してくれた先生が、血液検査をしてくれたのです。
そこでバセドウ病の可能性を指摘され、別の病院で詳しく診てもらうことになりました。
その結果、バセドウ病と診断されました。
そのときに思ったのが、
「どうりで、こんなに疲れるわけだ!」
ということでした(笑)。
それまで感じていた疲れやすさにも、病気が関係していたのかもしれないと、妙に納得したのを覚えています。
その後、甲状腺の専門病院を紹介していただき、通院するようになりました。
今振り返ると、あのとき婦人科の先生が私の体調を気にかけてくれなければ、病気に気づくのはもっと遅かったかもしれません。
先生とのご縁にも、本当に感謝しています。
その後、新婚旅行にも行き、夫と妊活をスタート。
ありがたいことに、妊活を始めて比較的すぐに妊娠がわかりました。
こうして、私たち夫婦は新しい命を迎えることになったのです。
喜びだけではなかった妊娠生活
妊娠がわかったときは嬉しかったものの、決して順調な妊娠生活ではありませんでした。
妊娠初期に出血があり、すぐに病院へ。
そこで切迫流産と診断されました。
その後も切迫早産となり、安定期以外はほとんど自由に動くことができませんでした。
自宅安静が必要な状態だったため、仕事も続けられなくなり、そのまま退職して専業主婦になりました。
妊娠すれば、少しずつお腹が大きくなって、赤ちゃんの誕生を楽しみにしながら過ごす。
そんなイメージもありましたが、実際には不安の多い日々でした。
それでも、私にはずっと祈っていたことがありました。
「どうか、お腹の赤ちゃんが無事に、元気に生まれてきますように」
何よりも願っていたのは、赤ちゃんの無事でした。
自分ではどうすることもできないことが多い中で、ご本尊様に向かって祈ることは、私にとって大きな心の支えになっていました。
専業主婦になりたい!でも家計が……(笑)
妊娠をきっかけに仕事を辞めた私ですが、実はもう一つ本音がありました。
それは、専業主婦になりたかったことです(笑)。
もちろん、妊娠中は安静が必要で、働ける状態ではありませんでした。
でも、そもそも私は、できることなら仕事をせずに専業主婦として生活したかったのです。
ところが、現実はそう甘くありません。
当時の夫のお給料だけでは、生活していくのが厳しい状況でした。
「このままじゃ生活できない……!」
ということで、夫は転職活動を始めました。
私も、ただ転職活動の結果を待っていたわけではありません。
「夫が良い会社に転職できますように!」
「夫のお給料だけで、家族が安心して生活できるようになりますように!」
そんな願いを込めて、お題目をあげていました。
赤ちゃんの無事だけでなく、これから生まれてくる子どもと家族の生活のためにも祈っていたのです。
夫の転職が決定!
そして、夫の転職活動は無事に実を結びました。
新しい会社への入社が決まり、結果的に収入も増えることになったのです。
これから子どもが生まれるというタイミングで、家計の不安が少し軽くなったことは、本当にありがたいことでした。
もちろん、転職活動を頑張ったのは夫自身です。
それでも、夫の転職がうまくいくように祈っていた私にとっては、願っていた方向へ物事が進んでいったことが、とても嬉しかったのを覚えています。
これで、赤ちゃんを迎えるための生活の準備も少しずつ整ってきました。
あとは、どうか無事に生まれてきてくれることを願うばかりでした。
正期産前に、まさかの破水!
切迫流産や切迫早産を経験しながら、なんとか妊娠期間を過ごしていた私。
ところが、正期産に入る前に破水してしまったのです。
そのまま入院することになり、点滴を受けながら過ごしていました。
そして、陣痛を促すためのお薬を飲むことに。
すると、その日の夜、19時頃だったでしょうか。
ついに陣痛が始まりました。
いよいよ出産です。
でも、当時は新型コロナウイルスの感染が広がっていた時期。
夫の付き添いも、立ち会い出産もできませんでした。
初めての出産なのに、基本的には一人で陣痛に耐えなければならなかったのです。
時々、夫と電話をつないで話すことはできましたが、やっぱり心細かったですね。
テニスボールもない!呼吸もわからない!(笑)
そして、ここからが本当に大変でした。
よく出産の話で聞く、テニスボールで腰やお尻をぐりぐりしてもらうアレ。
当然ながら、夫はそばにいません。
ぐりぐりしてくれる人がいない!(笑)
痛みに耐えているうちに、途中から呼吸の仕方までわからなくなってしまいました。
そして、まさかの過呼吸に……。
もう、それどころじゃありません(笑)。
さらに、特につらかったのが、陣痛室から分娩台までの移動でした。
あんなに痛いのに、自分で歩いて移動しなければならなかったのです。
「え!? この状態で歩くの!?」
そんな気持ちでした(笑)。
今となっては笑い話ですが、当時は本当に必死でした。
そして、無事に娘が誕生!
長い夜を乗り越え、明け方。
無事に娘が生まれてきてくれました。
出産を終えた私はというと……。
もう、完全に放心状態でした(笑)。
感動して泣く余裕があったかどうかも覚えていないくらい、とにかく必死だったのです。
あとから聞いた話では、もう1日早く生まれていたら、早産として扱われていたとのこと。
正期産に入る直前に破水したものの、娘は無事に正期産で生まれてきてくれました。
生まれたときの大きさも標準的で、特に問題はありませんでした。
妊娠初期には出血があり、切迫流産と診断され、その後も切迫早産で安静の日々。
無事に生まれてきてくれるのか、不安になることもありました。
そんな中、ずっと祈り続けていた、
「どうか、元気に生まれてきてほしい」
という願い。
その娘が、こうして無事に生まれてきてくれたこと。
私にとって、何よりもありがたい出来事でした。
娘の誕生と、夫の新しいスタート
実は、娘が生まれた翌日が、夫の新しい会社への入社日でした。
娘の誕生と夫の転職。
家族にとって大きな出来事が、まさかこんなタイミングで重なるとは思ってもいませんでした(笑)。
そして、当時はコロナ禍。
夫は入社して間もなく在宅勤務となり、しばらく家で仕事をすることになりました。
出産時には立ち会ってもらうことができず、とても心細い思いをしました。
でも、出産後は夫が家にいてくれる。
それだけでも、安心感が大きかったのを覚えています。
初めての育児が始まる中で、すぐそばに夫がいてくれることは、私にとって心強いことでした。
さらに、娘が生まれたタイミングにも恵まれ、当時の給付金を娘の分まで受け取ることができました。
これから家族が増え、何かとお金がかかる時期だったので、とても助かりました。
家族の幸せを祈り続けた日々
振り返ってみると、妊娠中は本当にいろいろなことがありました。
切迫流産や切迫早産で、思うように動けなかったこと。
赤ちゃんが無事に生まれてくれるのか、不安だったこと。
夫のお給料だけでは生活が厳しく、これからの家計が心配だったこと。
そして、コロナ禍での心細い出産。
決して、何もかも順調だったわけではありません。
それでも私は、そのとき自分にできることの一つとして、ご本尊様に向かって祈っていました。
「赤ちゃんが無事に生まれてきますように」
「夫の転職が成功しますように」
「家族が安心して生活できますように」
その結果、娘は無事に生まれ、夫も良い会社に転職することができ、収入も増えました。
そして、思いがけず夫が在宅勤務となったことで、新しい生活を始めるうえでも安心感がありました。
もちろん、妊娠や出産にはさまざまな経過があり、祈れば必ず願ったとおりになるということではないと思います。
それでも、私自身にとっては、不安な日々の中で祈り続けたことが大きな支えになっていました。
そして、振り返ったときに、いくつものありがたい出来事が重なっていたこと。
これもまた、私にとって忘れられない信心体験です。
親元を離れ、自分自身のために祈っていた私が、今度はお腹の赤ちゃんと家族の未来のために祈るようになった。
そうして、私の信心も少しずつ変化していったのかもしれません。
これから始まる家族3人の生活。
もちろん、この先も悩みや困難がなくなるわけではありません。
それでも、何かあったときには祈りながら、自分なりに前へ進んでいこう。
そんな思いとともに、新しい生活が始まったのでした。